アドバネクスのあゆみ

1. 創業

アドバネクスの歴史は1930年、創業者の加藤伊之吉が東京都江戸川区逆井に設立したスプリング専門工場(後の加藤スプリング製作所)から始まりました。太平洋戦争を経て、ばねの需要が徐々に増えはじめ、はかり用のばねの販売では全国シェア90%にも達し「はかりの加藤」との異名を得るまでとなりました。また、同じ頃にはアメリカ製のばね巻き機を導入、それまでは職人が1日2000個を作るのがやっとだったのが、この機械を導入したことにより1日10万個のばねを巻く事が出来るようになり、受注は拡大の一途を辿りました。神武景気、岩戸景気、東京オリンピック、いざなぎ景気などの高成長期を逃さずに、当社も上昇気流の直中にありました。そのような中、1964年には東京証券取引所第二部に上場を果たしました。

昭和27年、本社工場前(荒川区尾久町)にて
昭和27年、本社工場前(荒川区尾久町)にて
昭和27年、ドイツ製を模倣したコイリングマシン(国産)を購入
昭和27年、ドイツ製を模倣したコイリングマシン(国産)を購入

海外視察
加藤社長の欧米視察を伝える記事

2. 初の海外進出

アメリカへの拠点設立を目指し、1950年代後半から定期的に海外視察を繰り返して、ついに1971年にロサンゼルスに初の海外拠点(カトウスプリング・USA)を設立しました。この年、日本は後に“ニクソン・ショック”と呼ばれるドルの変動相場制への移行という激動を体験しました。このような時期にアメリカ進出を果たしたことは、その後の日本企業の国際化の流れを先取りしたものと言えるかもしれません。

3. 新潟に工場を新設

国内での順調な成長と海外進出を遂げ、国内の工場も手狭になってきたことから、1977年、新潟県柏崎市に柏崎工場(現 新潟工場)を竣工しました。この工場は前年の3月から11月までの8ヶ月にも及ぶ大工事で、既にあった2つの工場から機械を移設しても、キャッチボールが出来るほど広大なものでした。また、この頃には工場の機械も自動化が進み、1980年には線ばねの24時間無人生産が実現しました。

建設中の柏崎第一工場
建設中の柏崎第一工場
無人化
自動化の取組みを伝える新聞記事

設立当時のシンガポール工場
設立当時のシンガポール工場

4. 初の海外工場

1978年、最初の海外工場であるシンガポール工場を設立しました。当時はまだ日本のばねメーカーが海外に工場を建設することは珍しく、また情報やサービスも不足していましたので手探りの中の取り組みでした。2017年現在、アドバネクスは海外に15箇所の工場を持つなど、最もグローバル化が進んだばねメーカーとなりましたが、チャレンジ精神とグローバル志向はこのころから持っていました。

5. フロッピーディスク用シャッター
世界シェア80%

フロッピーディスクは1980年代から2000年前後まで、記録メディアとして広く使われてきました。フロッピーディスクは内蔵された磁気ディスクを保護するためにばねと連動した金属製のシャッターを用いますが、そのシャッターの世界シェアはアドバネクスが80%を占めていました。材料投入から多色印刷、検査、梱包まで完全自動の生産ラインを構築し、品質と低コストを両立させたことで圧倒的なシェアの獲得に成功しました。

フロッピーディスクシャッターなどの当時の製品
フロッピーディスクシャッターなどの当時の製品

6. ばね業界初のISO9002の認証を取得

1994年、ISO9002の認証を国内ばね業界ではじめて取得しました。ISO9001などISO(国際標準化機構)による品質マネジメント認証は現在では一般的になりましたが、アドバネクスがISO9002を取得した当時は国内では殆ど事例がありませんでした。ISOはEUの前身にあたるEC(欧州諸共同体)で誕生した制度で、イギリス、アメリカ、シンガポール子会社が対応していたことから、世界のこうした動きをいち早く察知することができました。

ISO9002認証書
ISO9002認証書
ばね業界初のISO9002取得を伝える新聞記事
ばね業界初のISO9002取得を伝える新聞記事

7. 携帯電話のヒンジ用世界シェア50%

1996年、ヒンジ事業を㈱ストロベリーコーポレーションとして独立させ、更に2001年にはJASDAQへの上場を果しました。当時、携帯電話市場が急成長しており、また、特に国内は折り畳み型が主流を占めていましたので売上は急拡大しました。折り畳み型やスライド型に続き、カメラ付き携帯電話が登場したことを契機に回転2軸ヒンジ型も開発するなど携帯電話の進化に貢献し、世界シェアは50%に届きました。最近ではスマートフォンの台頭に伴いヒンジの需要は大きく減少しましたが、現在もこのころ培った技術を活かしたヒンジは別の市場で継続しています。

当時主力製品だったヒンジ
当時主力製品だったヒンジ

ロゴ

8. アドバネクス(Advanex)に社名を変更

アドバネクスの製品は所謂ばね/スプリングから様々な金属加工製品に発展してきましたので、「加藤スプリング製作所」という社名と製品に不一致が生じていました。その問題の解消のため、2001年に前進を意味する「アドバンス(Advance)」と次を意味する「ネクスト(Next)」を組み合わせた「アドバネクス(Advanex)」という社名に変更しました。

9. 東京証券取引所一部に昇格

1964年に東京証券取引所二部に上場して以来、継続して業容を拡大し市場でも信用を高めてまいりましたので、2004年、同一部への昇格を果すことができました。

一部昇格を記念に東京証券取引所の鐘を鳴らす
加藤社長
一部昇格を記念に東京証券取引所の鐘を鳴らす 加藤社長(当時)

10. 重点市場に自動車、医療、インフラを加える

2015年、新たに自動車・医療・インフラを重点市場に加えた中期経営計画を発表しました。長年、OA機器や家電、携帯電話分野を中心に展開してきましたが、自動車、医療、インフラ市場でも国際化が進み、それらの市場でもアドバネクスの強みであるグローバル体制がお役に立てると考えたからです。

アドバネクスが分かる5つのポイント
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  • アドバネクスの強み
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